二 位:忙しいところすいませんが、よろしくお願いします! まずは、曽我部君は自身のルーツ

    ミュージックを語られることもよくあるし、音楽の架け橋的な部分も大きく担ってきたと思

    うけど、旧い音楽に対して、若い人にどう接して欲しいとか、知るきっかけになるようなポ

    イントを語ってもらっていいですか。

曽我部:旧い音楽には現代の音楽には無いアイディアや手

    法が詰まっていると思います。ぜひ、自分の親が

    生まれるずっと前の音楽にも耳を傾けてほしい。

    古くさいベールを剥がしたら、見たこともない情

    熱の炎が揺らめいていることでしょう。

二 位:いきなり、ぐっときますね~!

曽我部:それと、できるだけ良い音で聴くための工夫と努

    力を。それはオーディオにお金をかけるということとは全然違くて、自分の好きな音色を求

    めることです。自分のスタンダードがあると、それは生活のいろんな場面での助けになるだ

    ろうし、そしてもう一つは、好きなアーティストが「どんな音色に命をかけ求めたかを知る

    ことも素敵なことです。

二 位:サニーデイを聞いて育って、音楽をやりたいと思った人がQueの周りにも沢山いますが、そ

    の影響力の大きなポイントはなんだったんでしょう? 例えばファッションから始まる音楽

    もあれば、時代の事件から起きるような音楽もあったと思うけど、サニーデイの音楽イメー

    ジを増幅させるようなパワーポイントは何かあったんでしょうか?

曽我部:自分たちは自分たちなりのことしかしませんでし

    た。つまり、うんと背伸びはしたけど、自分たち

    の精一杯だけをやったということです。今聴いて

    もそこには欺瞞はなく清々しいサウンドがある。

    お金のためにやったことなど、ひとつもない…。

    1990年代の若者の精一杯の音楽があるから、今

    の若者たちが振り向いてくれるのかも知れません。

二 位:なるほど。では 自分の音楽史以前、つまりロックにたどり着く前の、音楽を意識する前の影

    響というのはどういうものがありましたか?

曽我部:子どもの頃はあらゆることに興味がありましたね。プラモデルもマンガも昆虫もテレビも遊

    びもケンカも。自転車でわけのわからない場所まで遠出したし、家と家の間にある隙間が細

    い迷路のようになって、また別の町を形作っていることに気づいた。絵を描くことが好き

    で、ガキ大将の家に呼ばれ 、冷たい飲み物を出されて彼がリクエストする絵を何枚か描いて

    喜ばれたこともある。このことは今の仕事につながってるかな?

二 位:そこでクリエイティブな芽がひとつ生まれるんだ!

曽我部:すべてが冒険で探求で遊びでしたね。けど勉強は

    死ぬほど嫌いだった。九九なんて今でも言えない

    し、漢字も苦手です。そのうち死ぬことの恐怖を

    感じて。そのあと生きている意味がわからなくて

    不安になった。ある夜に漠然とした闇に包まれ

    て…。それを救ってくれた、というか忘れさせて

    くれたのが、性へのとめどない興味。

二 位:ああ~こういうの多分俺が言うとエロいけど曽我部くんが言うと文学的。

曽我部:中学に入ると、ロックが好きになって、それは漠然とした不安も、勉強への不満も、セック

    スへの興味もすべてを内包した存在になって、オレにはこれしかない…「その時思いこみが

    今に至る」という感じでしょうか。

 

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