二 位:さて、四国から上京して、下北沢にたどり着いたのはどんな切っ掛けですか? ある種カル

    チャーリーダーになっているような部分もあると思うけど。

曽我部:下北に来たのは便利だし、好きなお店がいくつか

    あったし、こぢんまりしていて住みやすそうだと

    思ったから。けど単なる住人なので、カルチャー

    を担ってはいません~。むしろ高円寺や阿佐ヶ谷

    のカルチャーの方が惹かれます。友だちも下北が

    多かったので、事務所も自動的に下北になって。

    スタッフも下北周辺が多いです。こう考えていく

    と、古代の集落のような気がしてきました(笑)。文明以前の暮らし方みたいな。

二 位:集落!? 確かに。下北村ですね。ちなみに曽我部くんの生き方に惹かれて下北にいる若者

    いますから、そういう感じが増えるとちょっとしたカルチャーになるんだろうなーって僕は

    思うんですね。結成から1年ほどでUNDER FLOWER RECORDSからデビューした事になり

    ますが、そのきっかけを教えてもらっていいですか?

曽我部:大学の先輩で当時RON RON CLOUの新井仁さんから、レーベルオーナーにデモテープが

    渡ったことからですね。

二 位:新井君がデモを送ったんだ! 新井君やっぱりすごいなあ~。その後、1994年CLUB Queが

    オープンしたのと同じ年にデビューするわけですが、その頃に感じてたこと、今でも変わら

    ず思う事、今は考え方が変わったようなこと両方教えてください。

曽我部:基本的にはなにも変わってませんよ。ただやり方を覚えたようなことはある。同時に忘れて

    しまったことも。

二 位:どういう時にバイタリティでます?

曽我部:最終落ち込みが来ると何もしたくなくなり全部やめてやろう、とか思う。でも、町に出て散

    歩したりしていると、みんな頑張ってるなあ、などと思い「オレももっと頑張るか!」とな

    る。普通ですね…。

二 位:思うようにいかない時の解消法などあれば。

曽我部:うまくいかないことは、これから良くなるためのヒントだと思うようにしていて、じゃない

    と、うまくいかないことだらけで、やっていけない!

二 位なるほど。そして2000年に、バンドがブレイクアッ

    プすることになりますが、その時の心境は?

曽我部:メンバーやスタッフから離れ、個人になりたかっ

    た。その思いがとても強かった。ミュージシャン

    じゃなくて市井の一個人というか。バンドはやは

    り組織ですから。そういう生活が鬱陶しくなった

    時期でした。

二 位:なるほど。紆余曲折ですね。人間ってそんな中で自分のやるべきことや、人間の価値を見つ

    けるんですかね~。

 

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